化粧品成分、似たような名前ばかりで紛らわしい?
化粧品の成分には似たような名前のものが多く存在します。オリーブの実と葉、ヤシの果肉と種といった抽出部位が異なるものから、片仮名ほんの1文字といった表記上の違いまで、事例は数多くありますが、多くの場合その成分同士は同じ系統(油脂、アルコール等)に属する、分子の大きさが異なるものであることが多いです。それらの成分はより汚れを落としたい、より肌と馴染ませたい、といった製品の性格に合わせて使い分けられます。
しかし、中には成分の系統だけではなく、分子の大きさまで同じものが存在します。貴方は「ブタノール」といった成分を目にしたことはありますか。あまり注目される成分ではないものの、マニキュアや油性のメイクアップ製品を中心に成分を溶かす目的、あるいは殺菌の目的で使用されています。化粧品に使われている「ブタノール」は実は2種類が存在し、単にブタノールと表記されているものの他に、「t-ブタノール」と表記されているものが存在します。この2つに違いはあるのでしょうか。
ブタノールとt-ブタノール、実はこんな違いがあります
ブタノールとt-ブタノールの違いはその化学的な構造です。ブタノールとt-ブタノールは両者共に化学式C4H10Oで表されるアルコールの一種で、いずれも1分子あたり4個の炭素原子(及び結合している水素原子)にヒドロキシル基と呼ばれる水と馴染みやすいパーツ1つが繋がっていますが、その繋がり方に違いがあり、専門的には「構造異性体」と呼ばれる関係にあります。ブタノールは正式名称で1-ブタノールとも呼ばれ、鎖状に繋がった炭素原子の末端にヒドロキシル基が繋がっていますが、t-ブタノールは中心となる1つの炭素原子に炭素原子3つとヒドロキシル基が繋がった構造を持っています。
この両者について、アルコールとしての基本的な性質は変わりませんが、物性が大きく異なります。ブタノールがやや水と混ざりにくい(油と混ざりやすい)のに対して、t-ブタノールは任意の割合で水と混ざります。また、ブタノールは常温で液体ですが、t-ブタノールは常温では固体です。一般的に構造がコンパクトになるとその分、同じ分子間、あるいは水などの溶媒と相互作用を起こしやすくなるため、このような違いが生まれます。また、匂いも異なっており、1-ブタノールが特異臭であるのに対して、t-ブタノールは樟脳のような匂いであり、後者は他の成分と併用する形で、香料として使用されることもあります。
ブタノールの構造異性体、実は他にもあります
化粧品の世界で使われているブタノールは先に述べた2種類ですが、他にも2-ブタノール(直線状のブタノールの2番目にヒドロキシル基が繋がっている異性体)、イソブタノール(鎖状に繋がった炭素原子の末端にヒドロキシル基が繋がっていますが、もう一方が枝分かれしている異性体)が存在します。どちらも水には比較的溶けやすく、油と馴染みやすいといった基本的なアルコールの性質を備えていますが、 化粧品成分としては不向きなため、一般的に使用されていません。
2-ブタノールはブドウ酒のような匂いを持っており、塗料等の溶剤として使用されていますが、毒性がやや強く、特筆すべき性質を持っていないことから、化粧品成分としては利用されていません。また、イソブタノールについては工業的には酢酸イソブチルの原料として用いるなど重宝されている成分ですが、皮膚への刺激性がより強く、臭いも不快であるため(法律で定める特定悪臭物質の1種です)化粧品成分としては不適です。このような肌への刺激性や毒性、匂いの違いは構造の僅かな違いによって引き起こされるため、化粧品の成分としては経験上安全とされ、極力不純物を含まない物質のみが選ばれます。
ブタノールとt-ブタノール、どんな基準で選ばれているの?他の成分ではどうなの?
化粧品に使用するものとしては2種類、全部で4種類が存在するブタノールですが、化粧品では「ブタノールを加えることによって何をしたいのか」といった基準で選ばれています。1-ブタノールは先に紹介したように常温では液体で、水と馴染みにくく油と馴染みやすい性質を持っているため、油性成分を溶かすための溶剤として主に用いられています。臭いは相応に強いのですが、ネイルマニキュアの主成分であるアセトンやニトロセルロースはそれ自体臭いが強いため、大きな問題となりません。
一方、t-ブタノールは水にも油にも溶けやすいため、より水性の化粧品向けの溶剤として使用されます。特に日焼け止め関連の製品では、紫外線吸収剤等の油性成分を溶かすと同時に、べたつきの少ない瑞々しい使用感も求められるため、しばしば用いられています。また、それ自身が樟脳のような匂いを持っており、かつ、他の様々な香料を合成するための原料でもあることから、香料の溶剤としてもよく用いられます。
成分によっては「何をしたいのか」以外の基準で選ばれることもあります。ブタノールよりも1分子あたりの炭素数が1つ少ないアルコールである1-プロパノールとイソプロピルアルコールの場合、性質よりもむしろコストの面で選択されています。イソプロピルアルコールは簡単に合成することができ、エタノールよりも安価な為、化粧品向けの溶媒や殺菌を目的として広く用いられますが、1-プロパノールはやや複雑な工程で合成する必要があります。両者の性質は大きく変わらず、コストのみが大きく変わるため、1-プロパノールを化粧品の成分として使用することはありません。
有機化学の世界にようこそ
何気なく日頃眺めている化粧品の成分表示ですが、一歩踏み込んでみると非常に奥の深い、有機化学の世界が広がっています。ほんの十数文字で表記されている表示の裏に、まるでレゴブロックのような原子の多様な組み合わせと、それを作るための工夫が隠されています。少し敷居の高い世界ではありますが、それぞれの成分の効果だけではなく、その構造にも興味を持って調べてみてはいかがでしょうか。そうしてみることで、貴方の化粧品についての知識や理解がより一層広がることでしょう。
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