化粧品の「苦い」思い出、どんな成分によるものなの?

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子供の頃の「苦い」思い出

子供は本当に好奇心の塊です。大人になった私達にはありふれた日常の一コマであっても、子供にとっては見ること、触れること、体験することが何でも新鮮で、まるで人生で一番大切な瞬間のように目を輝かせます。そして、誰かがやっていることがあれば、思わず真似してやってみたくなります。その姿はとても可愛く、写真に収めたいひと時なのですが、同時に心配の種でもあります。子供が危ないことをしようとして、思わず慌てた経験は親の誰もがあることでしょう。

化粧品もまた、子供達の好奇心の対象です。キラキラしている化粧品は子供達にとって触ってみたくなるだけではなく、思わず味見したくなる存在のようです。しかし、口にしたその瞬間、子供達のときめきは多くの場合、失望に変わります。味がないだけならまだしも、製品の中には刺激があったり、ほんのりと苦かったり、といったものが多く、また、ネイルケア製品等の一部にはトラウマになる程苦いものが存在します。肌を美しく綺麗にする製品なのに口に含むと受け付けない苦さ、このギャップはどうして生まれるのでしょうか。

化粧品はどうして「苦い」の?

 そもそも「苦味」とはどんな感覚なのでしょうか。大人になるとほろ苦いコーヒーやビールが恋しくなりますが、苦味とは本来、植物由来のアルカロイドと総称される成分の過剰摂取を防ぐために備わっている感覚です。多くのアルカロイドに共通する性質として、アルカリ性を示し、また、生理活性が高いため、多量に摂取すると身体に様々な影響を及ぼします。代表的な成分はコーヒー由来のカフェインで、少量であれば目覚ましやリラックス効果がありますが、大量に摂取すると中毒を引き起こします。

 アルカロイドは医薬品としてよく用いられますが、薬理作用が強いため化粧品にはあまり用いられません。しかし、多くのスキンケア製品やボディソープ、シャンプーには苦味を感じさせる別な成分が入っています。代表的なものとしてはラウレス硫酸塩やラウリル硫酸­塩のような界面活性剤、カリウム石けんのようなセッケンが挙げられますが、いずれもアルカリ性を示します。そのため、誤ってこれらの製品が口の中に入ると、アルカロイドの場合と同様に強い「苦味」を感じてしまうのです。

 尚、化粧品には苦味以外を感じる成分も含まれています。代表的な保湿成分であるグリセリンや保水剤のスクロース、グルコースは口に入ると「甘み」として感じます。しかし、人間は苦味に対して甘味よりもはるかに敏感なため、一般的にどのような製品であっても口に入ると「苦味」として感じてしまうのです。

「飲み込めない苦さ」安息香酸デナトニウム

 このように、誤って口にしてしまうと「苦味」を感じる化粧品ですが、一部のネイルやフレグランス、ボディソープなど、顔ではなく身体につけて使う製品については、誤飲防止のため意図的に苦い成分を添加している場合があります。代表的な成分としては安息香酸デナトニウムが挙げられ、この物質は舌にある苦味を感じるセンサーと非常に結びつきやすい性質を持っています。そのため、微量でも口に含むと凄まじい苦味を感じ、直ぐに吐き出してしまいます(ギネスブックに世界一苦い物質として登録されています)。苦味を感じやすい子供にとってはトラウマになるような経験で、恐らく二度とそれを口にしないでしょう。

 通常、苦みの強い物質は肌に対して刺激性や毒性を伴っており、添加すると化粧品自体の安全性を損ねてしまいます。しかし、安息香酸デナトニウムはごく微量で効果を発揮し、毒性もカフェインより少ない程度のため、誤飲防止の添加剤としてとても優れています。この成分は化粧品以外でも同様の目的で利用されており、最近ではNintendo Switchのゲームカードに塗られていることが発表されて話題になりました。また、爪噛み防止の目的でマニキュアのように塗る製品も発売されています。

「不味いアルコール」変性アルコール

 化粧品の誤飲防止には「苦味」以外の成分が利用されることもあります。化粧品に最も使われている成分の1つとしてエタノールが挙げられますが、エタノールはお酒に含まれているアルコールと同一のものです。その為、お酒の不足に悩まされていた一部の国では、エタノールが含まれた香水をお酒代わりに飲んだ記録まで残っています。味はきっと酷かったでしょうが、どうしてもお酒が飲みたかったのでしょう。

 そこで、化粧品向けのエタノールの一部には意図的に風味を損ねるための成分が添加され、添加されたアルコールのことを「変性アルコール」と呼んで区別しています。添加される成分としては芳香成分として有名なゲラニオールや酢酸リナリル、エタノールと構造がよく似たイソプロピルアルコールなどが挙げられ、これらは雑味によってエタノールを「飲むに耐えなくする」効果があります。変性アルコールはかつて多くの化粧品に利用されていましたが、近年のお酒に関する環境の変化や法律改正の影響で、今日では通常のエタノールが代わりに用いられるケースが増えています。

とても大事な「苦い経験」

 言うまででもないことですが、化粧品は肌につけて使うものであり、決して味わうものではありません。しかし、その可愛い姿がお菓子のように見えたり、成分に「アルコール」と書いてあったりすると、つい好奇心を抑えきれないかもしれません。意図的に飲んだりなめたり、あるいは不意に飲み込んでしまった場合の事故を防ぐため、化粧品の「味」は重要な役割を果たしています。その苦味や不味さはトラウマこそ植えつけますが、結果として私達が健康を損ねるリスクを大きく軽減できます。

「こんな苦い思いをするなら早く言って欲しかった」と思う人もいるかもしれません。しかし、私達はただ決まり事を守るのではなく、自分自身で酸いも甘いも噛み分けることによって、より素敵な大人へと成長してゆくのです。

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