「石鹸」以前の洗髪、どんな成分が使われていたの?

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「意外に新しい」私達とシャンプーの出会い

 貴方はシャンプーをどんな基準で選んでいますか。近所のドラッグストアに足を運んだだけでも、ノンシリコンやオーガニック、花の香りや低刺激など、選り取り見取りの特徴を持ったアイテムが店頭に並んでおり、悩んでしまうことも少なくありません。最近では男性向けのものも随分と種類が増え、その盛況ぶりを窺い知ることができます。おすすめを本やSNSで調べようとしても、あまりにも商品が多すぎ、文字通り情報の洪水に溺れてしまうばかりです。

 そんなシャンプーですが、その歴史は比較的新しく、原型となる商品が世界で初めて発売されたのは20世紀になってからでした。また、それ以前は石鹸を使って髪を洗っていましたが、石鹸の利用自体も地域によって差があり、日本での本格的な普及は19世紀末の「花王石鹸」の登場を待つことになります。では、石鹸が今日のように流通する前、私達はどのように髪を洗っていたのでしょうか。髪の毛の汚れだけであればお湯だけ、というのもまだ分かりますが、当時の整髪料はいわゆる「鬢付け油」です。どうやってベタついた油を落としていたのか、とても気になります。

アルカリ性の洗浄剤「灰汁」

 髪の毛の油汚れには皮脂由来のもの、整髪料由来のものがありますが、いずれも脂肪酸や脂肪酸エステルを主成分としています。現在のシャンプーや石鹸は界面活性剤を作用させることによって、油汚れを浮き上がらせるタイプのものが多いのですが、石鹸が一般的になる以前は強アルカリ性を利用し、脂肪酸エステルやタンパク質を分解する方法が主流でした。主に用いられていたものは藁や木を燃やして作った灰から得られる「灰汁」で、多用途の洗剤として当時は一般的なものでした。

 灰汁は炭酸カリウムを主成分としており、やや強いアルカリ性を示しますが、髪につけると皮脂の脂肪酸が乳化されて界面活性作用を示し、また、タンパク質のペプチド結合が切断されることによって小さく分解され、水に溶けやすい状態になります。灰汁の洗浄力、特にタンパク質の分解作用は現在の石鹸と比べても強く、毎日のように使うと確実に髪を痛めてしまったことでしょう。しかし、石鹸が登場するまでの洗髪の頻度は月に1、2回程度と非常に少なく、髪付け油を多く使用していたことを考えると「程良い」洗浄力だったのかもしれません。また、時代が下ると灰汁に油分などを併用し、きしみを抑えるような工夫がされるようになってゆきます。

天然の界面活性剤「米の研ぎ汁」「サポニン」

 「灰汁」は確かに優れた洗浄力を持っていましたが、使う上で色々と不便な部分もあったようです。地中海沿岸など一部の地域では、早くから灰汁を動物の油脂やオリーブ油などと反応させて石鹸を作ることにより、使い勝手を向上させていました。一方、日本では石鹸の製法が伝わっていなかったため、植物由来の界面活性剤をシャンプーの代わりに利用していました。

 最も一般的だったものが「米の研ぎ汁」です。米の研ぎ汁はほぼ中性であり、灰汁のようにタンパク質や脂肪酸を分解する作用はありませんが、アミノ酸などが含まれているため、穏やかな界面活性作用を示します。そのため、髪の毛の皮脂を取り除く目的で、洗髪や櫛で梳かす際に利用されていました。アミノ酸には保湿や髪の補修作用なども確認されているため、トリートメントとしての効果もあったことでしょう。しかし、今日のアミノ酸シャンプーよりもさらに洗浄力が穏やかだったため、洗うのには長い時間がかかり、貴族の女性には洗髪のための休暇が与えられたといいます。

 米の研ぎ汁よりももう少し洗浄作用が強いものとして、サイカチやムクロジの実、あるいは大豆の粉なども用いられていました。これらはいずれもサポニンと呼ばれる天然の界面活性剤を含んでおり、水に溶かして混ぜるとよく泡立つことが特徴です。脂肪酸カリウム、ナトリウムなどの一般的な界面活性剤と比較すると油分を取り除く作用は大分穏やかで、大豆を除くと流通量も多くなかったようですが、今日でも一部のナチュラル系のシャンプーや洗剤に取り入れられる程実用的なもので、高貴な女性たちにとっては身だしなみを整えるための助けとなりました。

「吸着させて落とす」うどん粉、布海苔

 江戸時代になると日本のシャンプーはやや独特な進歩を遂げます。欧米では石鹸が徐々に一般的になってきた時代でしたが、日本では今日のスクラブシャンプーのように、皮脂や汚れを「吸着して取り除く」方法が主流になります。大豆粉や灰汁なども引き続き用いられていましたが、新しい時代の原料として、好んで用いられたものが「うどん粉」と「布海苔」でした。

 うどん粉に含まれるデンプンや布海苔に含まれるフノラン(水溶性の食物繊維の一種)は吸着力に優れており、水やお湯に溶かして髪につけるとコロイド粒子が皮脂や汚れを包み込みます。また、うどん粉にはアミノ酸も含まれており、界面活性作用なども期待することができます。その後、水で洗い流したり拭き取ったりすれば、一般的なシャンプーより手間はかかるものの、ある程度汚れを落とすことができます。

 うどん粉や布海苔は当時でも比較的手に入れやすく、灰汁のように髪のタンパク質を傷つける心配もなかったため、便利なものとして重宝されたことでしょう。また、他にも卵白や粘土などを混ぜて使うこともあったようで、汚れの落ちをより良くする目的で利用されていました。洗髪の文化が庶民にも広まったのもこの時代で、月に1〜2回程度と今日と比べてずっと少なかったものの、洗髪は日常生活の1ページとして、私達の暮らしに根付くようになりました。

今でも続く「洗髪」の進化

 時代がさらに進み、明治時代も後半になると日本でも「石鹸」が普及します。泡立ちに優れ、汚れをよく落とす「石鹸」は便利なアイテムとして、髪を洗うためにも利用されるようになりました。そして、昭和時代の初期には「シャンプー」が紹介され、ヘアケア専用のアイテムとして用いられるようになります。当初は汚れをよく落とす石油系の界面活性剤が重宝され、天然由来のものは好まれなかったのですが、最近では頭皮の乾燥や毛髪の傷みを防ぐため、洗浄力がマイルドなシャンプーやトリートメントが好まれるようになりました。その結果として、デンプンやサポニンもマイルドな洗浄成分として、再び注目されるようになります。

 シャンプーの進化は今尚続いており、毎年のように新しい製品が登場しています。どんなものが髪にとってベストなのか、その結論が出るのはおそらくずっと先で、しばらくの間は大いに悩み続けることでしょう。令和のシャンプー事情が未来の本や動画でどうやって紹介されるのか、そんなことに想いを馳せてみるものも面白いかもしれません。

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