ネイルグルーで子供が火傷?
コロナウイルスの影響も収まった2024年、街はすっかり以前の活気を取り戻し、各地で以前のようなお祭りが開催されています。お祭りの復活を何よりの楽しみにしていた、という方も少なくないのではないでしょうか。しかし、そんな中で、楽しさに水を差してしまうような事故が発生してしまいました。大阪でお祭りを見ていた子供の腕に液体がかかり、火傷を負ってしまったのです。幸いにも事件性はなく、火傷も全治2周間程度と重くはなかったのですが、被害者の方にとっては初夏の楽しいはずの思い出が、痛くて辛いものに変わってしまいました。
そして、この火傷の原因となったのが、爪にアクセサリーをつけるために使用していた「ネイルグルー」でした。ネイルグルーが誤って子供の腕に飛散し、かかった部分の衣類が発熱してしまったのです。ネイルグルーは両面テープやゼリーと比較して接着力に優れ、便利なアイテムですが、爪以外の肌や衣類につけないように注意書きがされており、一般的な化粧品と比較して、取り扱いに気を遣う必要があるアイテムであることが判ります。また、市町村や国民生活センターなどのウェブサイトにも、個人的に購入したグルーやネイルサロン、施術で火傷をしてしまった事例が紹介されています。また、まつげエクステに関しても同様です。どうしてこのようなことが起こってしまうのでしょうか。
グルーの主成分「シアノアクリレート」
ネイルグルー、及びマツエクグルーに用いられている主成分は「シアノアクリレート」と総称される樹脂の一種で、瞬間接着剤にもしばしば用いられているものです。シアノアクリレートは常温では無色透明の液体ですが、チューブや容器から出して爪や接着面につけると空気中の水分と速やかに反応して重合し、高分子を形成します。そして、この高分子は強度や撥水性に極めて優れているため、貼り合わせたもの同士は強く接着され、ちょっとした力や水の影響で剥がれ落ちることもありません。シアノアクリレートを剥がすためにはお湯に長時間浸す、もしくはアセトンを主成分としたリムーバーや除光液を使うなどの方法が必要です。
グルーに使用されているシアノアクリレートには主に3種類が存在します。最も有名なものはエチルシアノアクリレートで、速乾性と持続性を兼ね備えており、利便性が高いためサロン向け、一般向けのグルーの主成分として、あるいは瞬間接着剤の主成分として広く利用されています。また、ブチルシアノアクリレートもよく利用されており、速乾性や持続性では劣るものの、比較的低刺激なため、エチルシアノアクリレートが肌に合わない場合の選択肢として、あるいはまつげエクステや医療目的の接着剤の主成分として用いられています。先に述べた2種類と比較すると頻度は大きく落ちますが、マツエクグルーでは安全を最優先とした施術のため、オクチルシアノアクリレートが用いられることもあります。
取扱注意!「雑貨扱い」のシアノアクリレート
すぐに固まって接着力も強く、また、リムーバーや除光液で落とすこともできる便利なシアノアクリレートですが、実は一般的な化粧品に使われている成分よりも取り扱いに注意が必要な成分です。最も注意すべき点はその高い反応性です。シアノアクリレートの重合反応は水を開始剤として急速に進行しますが、反応の際に熱を発生します(一般的に「急速に進む」化学反応はエントロピー増大の法則に従い、熱の発生を伴います)。また、進行速度は水分とシアノアクリレートが触れる表面積に比例するため、衣類等に付着して繊維に浸透すると大量の発熱を伴った反応が進行し、火傷などの原因となります。冒頭のお祭りのケースも子供が着ていた服が長袖であったことが災いした結果、痛々しい事故となってしまいました。
また、シアノアクリレートの重合反応の副生成物として発生するホルムアルデヒド(ホルマリン)も問題を引き起こします。この現象はエチルシアノアクリレートで特に顕著で、重合反応が十分に進んでいない段階で「加水分解」と呼ばれる反応が起こる事でホルムアルデヒドが生成します。ホルムアルデヒドはシックハウス症候群の原因物質の1つとしても知られており、肌や粘膜にとってかなり刺激性の強い成分です。
そのため、シアノアクリレートは「化粧品成分」としては認められておらず、まつげエクステやネイルに使用するグルーは概ね「雑貨」として販売されています。「雑貨」と聞くと安心する方も多いかもしれませんが、実際にはエタノールやパラベンなどの「刺激性のある」化粧品成分よりも刺激が強いもので、かつ成分の表記がされていないこともあるため、使用の際にはかなりの注意が必要です。
もっと安心して使えるグルーはあるの?
このように、シアノアクリレートが含まれたグルーは身近にあふれた便利なアイテムであるにも関わらず、取り扱いには十分な注意が必要なものです。今回のような事件が取り上げられると、ネイルやまつげエクステそのものを怖いと思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、幸いにも発熱や刺激性の問題はブチルシアノアクリレートを使うことで幾分解消されます。反応が穏やかなため固まるには時間がかかりますが、肌への優しさとのバランスを考えるのであれば第一の選択肢です。
また、最近では「化粧品登録済み」のグルーも販売されています。化粧品登録済みのグルーはシアノアクリレートを使っていないことが特徴で、接着力の弱さや糸引きなどの問題はあるものの、全て化粧品に使用可能な成分(肌につけても大きな問題を引き起こさない)のみが配合されています。また、全成分がラベルや箱に記載されているため、アレルギーなどの心配を抱えていても安心して利用することが可能です。もし貴方が肌への優しさを最優先にするのであれば、このような製品を買い求めたり、サロンでの施術の際に使ってほしい旨の希望を伝えたりすると良いでしょう。
シアノアクリレートは便利な雑貨として、私達の美しさを引き立ててくれる存在でした。しかし、昨今の安全性重視の流れに逆らわず、少しずつその役割を他のより安全な成分に譲り渡しつつあります。他の刺激性の高い成分がそうであったように、今後、より使い勝手の良いものが開発されれば、いつしかグルーの成分として耳にしなくなる日も来るかもしれません。シアノアクリレートとはその日が来るまでのもうしばらくの間、気をつけながらお付き合いしてゆくと良いでしょう。
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