貴方の周りに「炭」はありますか?
突然ですが、「炭」と聞いて貴方はどんなものを想像しますか。多くの方はキャンプやバーベキューの時に使う、ホームセンターで売っている黒い塊のことを想像するのではないでしょうか。また、中には自宅やオフィスの嫌な臭いを消す目的で置いている人もいるでしょう。用途に応じて「木炭」もしくは「活性炭」と呼ばれるこれらの「炭」は、最近では直接目にする機会は減っているものの、電気やガスが主役になる前から私達の生活を支え続けてきました。
この「炭」ですが、実は化粧品にも取り入れられています。シャンプーや洗顔料、ローション等で中身が黒い製品を見た、あるいは使ったことのある経験をお持ちではないでしょうか。白や無色透明の化粧品が多い中で、少し濁った黒色の中身を見て、思わず選ぶのを止めた、あるいは蓋を閉じた方もいらっしゃるかもしれません。この「少し濁った黒色」は多くの場合、化粧品に含まれる「炭」に由来します。見栄えはお世辞にも良くない「炭」ですが、どうして使われているのでしょうか。
化粧品の「炭」とはどんな成分なの?
「炭」には幾つかの種類がありますが、化粧品で「炭」と表記されるものは一般的に「木炭」のことを指します。木炭は木材を炭化させることによって得られる成分で、常温では黒に近い暗灰色の粉末です。化学的には炭素原子が(元の木材由来の構造をある程度保ったまま)規則的に結合した構造を持っており、表面に小さな孔が無数に開いているため、表面積が非常に大きいことが特徴です。化粧品に広く利用されている成分としては珍しく、水にも油にもほとんど溶けません。木炭の中でも特に医薬品や化粧品に使用される基準を満たしたものを「薬用炭」と読んで区別しています。
また、石炭由来のクレオソート油等を故意に不完全燃焼することによって得られる「カーボンブラック」と呼ばれる成分も化粧品に利用されています。カーボンブラックは化学的には常温では濃い黒色の粉末で、木炭と比較してより不規則な構造を持ち、原料由来の官能基(反応性に飛んだ部分)がある程度残っていることが特徴です。一般的には「炭」というよりは「煤」に近い成分で、こちらも水にも油にもほとんど溶けません。
「炭」の効果①スクラブ作用及び吸着作用
水にも油にも溶けにくく、やや使いにくい印象がある「炭」ですが、化粧品ではその長所を活かす形で利用されます。炭は常温では他の物質との反応性に乏しく、また、適度な硬さを持っているため、炭の粉末を含んだ化粧品を肌につけてこすることにより、肌表面の古い角質や余分な油分を削り取る、いわゆるスクラブ作用が発揮されます。スクラブ作用を発揮する成分としてはマイクロビーズが有名でしたが、生態系の影響が懸念されたため使用が制限され、代替成分の1つとして炭が利用されています。
また、炭は汚れを削り取るだけではなく、吸着する効果にも優れています。先にも述べましたが、木炭の表面にはその構造に由来する小さな孔が無数に開いており、物理的に孔の内部に他の物質を取り込もうとする力が働くため、肌に使用すると臭いの原因となる成分を吸着したり、炭自体のスクラブ作用を助けたりする働きがあります。この吸着効果は化粧品だけではなく、医薬品としても利用されており、誤って毒物を飲んでしまったり、薬を過剰に摂取してしまったりした際、有害な成分の吸収を妨げる目的で用いられます。
スクラブ作用や吸着作用の強さは特に皮脂の過剰や臭いに悩まされがちの男性向け化粧品で重宝されています。華やかなパッケージが好まれる女性向け製品では隠されがちですが、男性向けではむしろ黒を強調する形で販売されています。
「炭の効果」②黒色顔料
炭はもっぱらスクラブ作用、吸着作用を期待して利用されますが、その黒さ自体を活かすこともあります。炭を使った化粧品の中には敢えて透明な容器にしている製品がありますが、「黒い化粧品」が少数派であることを生かし、数ある商品の中で目立つように、あるいは炭を使っていることが分かるようにしています。また、その意図で使われているかは不明ですが、炭の黒を基調にすると他の成分の色が目立ちにくくなります。
一方、カーボンブラックは「黒色を出す」目的で利用されます。一般的に化粧品の黒色顔料としては酸化鉄が用いられており、肌色の表現には向いていますが、ヘアカラーやアイブロウにラインナップされている濃い色を出そうとした場合、酸化鉄を多く配合する必要があるため、化粧品の使用感等に影響が出てしまいます。カーボンブラックは化粧品顔料の中でも黒色度が群を抜いて高いため、少量混ぜるだけでブラックやダークブラウンといった色味を表現することができます。
炭とカーボンブラックはどちらも炭素原子で構成されていますが、結晶の構造が異なるため(専門的には同素体と呼びます)、見た目や性質が大きく異なります。炭素原子から構成される物質には他にもグラファイト、ダイヤモンド、フラーレン等がありますが、化学の知識がなければそれらが同じ原子が見せる違う姿だとは想像できないでしょう。
「炭」の化粧品、どのように取り入れればいいの?
このように、「不要なものを取り除く」「黒色顔料」目的で化粧品に取り入れられている「炭」ですが、どのような点に注意して使ってゆけば良いのでしょうか。基本的に炭は反応性に乏しく、肌への刺激もないため安全な成分です。特に、顔料として利用されているカーボンブラックに関しては含有量が少ないため、「想像より黒い色になりがち」なことに注意して使えば大丈夫です。
一方、炭に関してはもう少しだけ注意が必要です。先にも述べたように、炭には医薬品として利用される程の優れた吸着効果がありますが、肌の皮脂や汚れが少ない状況で使用すると必要な皮脂まで取り除き、肌の状態を悪化させてしまう可能性があります。化粧品への炭の含有量は安全な範囲内に制限されていますが、貴方が脂性肌に悩まされている場合に利用し、乾燥肌の場合はむしろ油分を補うケアを行なった方が良いでしょう。また、脂性肌に悩まされていても、市販されている活性炭をセルフケアに使うことは避けた方が良いでしょう。
「炭」は化粧品の分野でも「黒子」のような存在として私達と共に在り続けてきました。貴方がもし脂性肌にお悩み、もしくはポイントメイクの色にもう少し黒が欲しいと考えているようであれば、一度、「炭」の入った製品を試してみてはいかがでしょうか。
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