森の香りの源「針葉樹」
貴方は「森林浴」という言葉を聞いたことがありますか。都会の喧騒を離れて山や森で過ごすひとときは、とても素敵なものです。最近では都会でもバーベキューが手軽にできますが、山のキャンプ場ではいつも以上に美味しく感じるものです。また、もう少しだけ足を伸ばしてハイキングや登山に行くと、山の木々の匂いをより間近に感じることができます。
この「木々の匂い」はどんな木から発生しているのでしょうか。山や森には様々な草花から発生する匂いがありますが、いわゆる「森の香り」はマツやヒノキ、ヒバといったいわゆる「針葉樹」と呼ばれる木から発生しています。針葉樹はフィトンチッドと呼ばれる木を害虫から守るための成分を絶えず分泌していますが、私達にとってはとても爽やかな香りに感じられ、気分をとてもリラックスさせてくれます。また、ヒノキやヒバの香りは森だけではなく、私達の日々の生活にも取り入れられており、家具や精油といった形で身近に楽しむことができます。
「森の香り」α-ピネンと身体への効果
この「森の香り」の正体はどんな成分によるものなのでしょうか。森を訪ねた時にまず私達が感じる香りの正体はα-ピネンと呼ばれる成分です。α-ピネンは化学式C10H16で表わされる成分で、モノテルペンと呼ばれる化合物に分類されます。この成分はマツやヒノキといった針葉樹の他にオレンジの皮やミョウガ、麻などに多く含まれており、その匂いは「マツの香り」と形容されます。また、香り成分としては「ヒノキチオール」と呼ばれる成分も知られています。ヒノキチオールは名前に「ヒノキ」が入っていますが、主にシダーウッドやヒバに含まれている成分で、化学式C10H12O2で表わされるトロポロン誘導体の一種です。その匂いは日本では「ヒバ特有の香り」と形容されます。
α-ピネン及びヒノキチオール共通の特徴として、匂いを嗅いだ時に気分をリラックスさせる効果が挙げられます。特にα-ピネンに関しては、その匂いを感じると私達の脳では副交感神経が優位となり、ストレスホルモンの一種であるコルチゾールの分泌量が減少することが知られています。その結果として、感じているストレスや心拍数の減少、心地よい眠りがもたらされるのです。この効果は他の成分との組み合わせでより発揮されるため、例えばヒノキの精油をラベンダー精油やCBDオイルなど、気分をリラックスさせるアイテムとブレンドして使用するなどして使われることもあります。
「ヒバの香り」ヒノキチオールと身体への効果
一方、ヒノキチオールに関しては、香りで癒されるだけではなく、肌に塗ることでも高い効果を期待できます。ヒノキチオールの代表的な効果としてはその高い殺菌、抗菌作用が挙げられます。抗菌、殺菌目的で化粧品に取り入れられる成分は多くありますが、菌の種類によっては効果を発揮できない、もしくは肌への刺激が強い場合があります。しかし、ヒノキチオールに関しては幅広い種類の菌の増殖を抑える効果が確認されている一方、肌への刺激は比較的少ないため、化粧品の防腐剤として適しています。
また、殺菌、抗菌作用は頭皮ケア、スキンケアの目的でも利用されています。頭皮は肌の中でも何かと悩みの多いところで、何らかの理由で環境が悪化すると雑菌が繁殖し、フケや痒み、抜け毛の原因ともなります。しかし、ヒノキチオールが配合された製品を頭皮に使用することで雑菌の繁殖を抑えられ、これらのトラブルを軽減することができます。また、まだ研究中の段階で確証されてはいないのですが、ヒノキチオールには抗菌、殺菌以外にも肌のターンオーバーを正常化する効果があることが示唆されており、その点でも期待ができます。ヒノキチオールは比較的宣伝で取り上げられやすい成分のため、この成分を配合したシャンプーやスキンケア製品はすぐに見つけることができるでしょう。
「森の香り」への期待と課題
優れた効果を持った針葉樹由来の香り成分ですが、化粧品成分としての課題も同時に抱えています。まずはその香りの特性です。針葉樹の香りはいわゆるラストノートに分類され、落ち着いた香りが比較的長時間持続します。化粧品の中でもフレグランス製品にはトップノート、ミドルトート、ラストノートに分類される香料がバランス良く調合されていますが、一般的なスキンケア、ヘアケア製品は「香りを残さない」柑橘系に代表されるトップノートが好まれるため、やや使いにくい成分です。
また、ヒノキチオールはやや不安定な成分で、光によって分解されやすく、分解されると抗菌作用を失ってしまいます。光分解性を有する成分は他にもありますが、「保存性を良くするために添加する成分」としては好ましくない性質で、「添加剤のための添加剤」が必要となってしまいます。天然由来の原料で他の防腐剤よりコストもかかるため、この成分を使うためには低刺激等、敢えて取り入れるための理由が必要です。
しかし、このような課題こそ抱えているものの、α-ピネンやヒノキチオールに代表される針葉樹由来の成分は私達を素敵な香りで癒し、また、肌や頭皮を雑菌による影響から守ってくれます。今後、残り香を上手く活かすような処方の開発や分解を抑制するための手軽な方法が進めば、より多くの化粧品に取り入れることができます。針葉樹は昔から家や家具の材料として私達の暮らしに欠かせない存在でしたが、近い将来、化粧品成分としてもお馴染みの存在となるかもしれません。
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