春の訪れ、桜の花と香り
貴方はどんな花が好きですか。忙しい日々続きで、すっかり疲れ果ててしまっている時でも、色とりどりの花や薫りにはとても癒されます。種のお裾分けを貰って、庭やベランダに置いた鉢植え、花で埋め尽くされた公園、あるいは道端に咲く小さな野草でも、私達を思わず微笑ませてくれます。そして、とりわけ花の中でも桜は多くの人の目を惹く存在です。白や薄いピンクの花が一斉に咲いて満開になり、儚くも散ってしまう姿は日本の春の風物詩として、多くの人に愛されています。
この時期になると桜をモチーフにした化粧品を見る機会も多くなります。パッケージが桜色になっていたり、桜の花びらが書いてあったり、花が未だ見頃を迎えていなくても、春の訪れを感じさせます。中には「桜の香り」を謳っている製品もあり、使うと春と桜をより強く感じることができます。しかし、「桜の香り」は不思議な存在です。桜並木の下でお花見をしていても、ほのかに甘い香りを感じることはあっても、バラやラベンダーのようにはっきりせず、どこかぼやけています。化粧品に使われている「桜の香り」とはどんなものなのでしょうか。
サクラの「花の香り」「葉の香り」
実は一般的に「桜の香り」と呼ばれるものは花ではなく、葉によって産み出されます。サクラの花自体にも香りはあります。梅やアンズの香り成分としても有名なベンズアルデヒドやメトキシ安息香酸メチル、バラの甘い香りを生み出すフェネチルアルコール等が主成分ですが、香り自体がやや弱く、また、花の香りとしては比較的メジャーなため、桜の季節を感じさせるものではありません。
しかし、サクラの葉には独特の香りがあります。桜並木の下を歩いていてもこの香りを感じることはありませんが、サクラの葉を採って乾燥させたり、塩漬けにしたりすると徐々に香りが出てきます。甘いものが好きな方は「桜餅」の香りとしてお馴染みかもしれません。ほんのりシナモンやバニラの風味も感じさせるこの香りは、春の風物詩の1つとなって、私達の暮らしに馴染んでいます。
このサクラの葉の香りは「クマリン」と呼ばれる成分によるものです。クマリンはラクトンの一種で、シナモンやスイートクローバー、サクラの葉に配糖体と呼ばれる形で細胞内に含まれており、この状態では匂いがありません。しかし、葉を乾燥させてすりつぶすことによって組織が破壊され、配糖体は分解されてクマリンへと変化し、独特の香りを生み出します。そしてクマリンの香りには鎮静作用が認められているため、匂いを嗅ぐとリラックス効果を期待できます。また、化粧品に使用される濃度では効果が限られますが、血行の促進作用もあると言われています。
匂いだけじゃない、桜の素敵な効果
サクラの葉の匂いは私達をリラックスさせてくれますが、水や1,3-ブチレングリコールなどで有効成分を抽出することによって、また別な効果を期待できます。抽出液はソメイヨシノ葉エキス(またはサクラ葉抽出液)と呼ばれますが、クマリン配糖体の他にイソフラボンやクロロゲン酸などの有効成分を含んでいます。クマリン配糖体が分解されていないため、香りに関してはごく控えめですが、私達の肌の調子を整えてくれます。
ソメイヨシノ葉エキスの効果としてはスキンケア成分として一般的な抗酸化作用や保湿効果も期待できますが、この成分特有のものとして、炎症を抑える効果が挙げられます。皮膚の炎症を抑える化粧品成分には幾つかの作用が存在しますが、ソメイヨシノ葉エキスは皮膚の炎症反応の原因となるヒスタミンの効果を抑制することによって、肌の炎症反応を抑えます。花のイメージの良さと相まって、春限定のスキンケア化粧品にはサクラの葉が多く取り入れられています。また、抗炎症作用と保湿作用の組み合わせは頭皮環境の維持にも欠かせないため、シャンプー等のヘアケア製品の成分としても利用されています。
最近では広く利用されている葉ではなく、花から有効成分を抽出した成分も開発されるようになりました。サクラの花にはカフェオイルグルコースやケルセチングルコシドといった配糖体が含まれており、タンパク質由来の老化物質で、コラーゲン等を変性させる原因となるAGEsの生成を抑える働きが確認されています。まだ開発されたばかりの成分であるため今のところ利用は限定的ですが、今後の普及が期待されています。
心も肌も潤してくれる存在として
桜は日本に住む多くの人々にとって、花という存在を超えた特別な何かといえるでしょう。その綺麗な姿は出会いや別れ、新しい生活といったものを私達に思い浮かべさせてくれます。そして、最近では私達の肌を潤し、「美しさ」を担う成分としても注目されるようになりつつあります。抗炎症作用や保湿についてはグリチルリチン酸ジカリウムやヒアルロン酸など、より優れた効果を持った成分が他にも存在しますが、サクラの花や葉が使われていると知ると、思わず手に取ったり、毎日使い続けたくなったりする方も多いことでしょう。「親しみやすさ」も化粧品には大事な要素です。
サクラの葉や花に由来する化粧品成分についてはまだまだ研究が進められている部分です。また、桜には様々な種類があり、それぞれに含まれている成分についても検証が進められています。現在利用されている抽出液は最も身近なソメイヨシノに由来するものですが、ヤマザクラやオオシマザクラに由来するものも利用されています。その中から、より有効な成分が発見される可能性もあるでしょう。春の風物詩の桜に、私達が一年を通してお世話になる日も遠くないかもしれません。
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