アルコールであり「アルコール」ではない、「高級アルコール」
「アルコール」という言葉に貴方はどんなイメージを持っていますか?仲間と楽しく過ごすための潤滑剤として、一日の疲れを癒すナイトキャップとして、といったポジティブなイメージをお持ちの方も、少しでも飲むと脈が速くなって大変、化粧水の刺激感がどうも苦手、といったネガティブなイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。「好き」にせよ「嫌い」にせよ、アルコールはとても身近な成分として、私達の傍に在り続けてきました。お酒を一切飲まない人でも「アルコール」という言葉を目にしない、耳にしない日はないことでしょう。
ところで、化粧品やシャンプーについて調べていると、「高級アルコール」といった言葉を目にすることがあり、時にはアルコールフリーの製品にも配合されています。この「高級」と「アルコール」の組み合わせは琥珀色の上品なお酒のようにも思われ、見た人を困惑させてしまいますが、実際には一般的に言われているアルコール、すなわち「エタノール」とは大きく性質が異なった、全く別の成分のことを指します。
高級アルコールはどんな構造をしているの、どうやって作られるの?
高校や大学で化学を学んだ方はご存じかもしれませんが、アルコールとはガソリンや都市ガス等、炭化水素(炭素原子と水素原子の組み合わせによる構造)の水素の一部をヒドロキシル基(酸素原子と水素原子の組み合わせ)に置き換えたものの総称です。高級アルコールとは炭素の数が6個以上の炭化水素に1つのヒドロキシル基が繋がったものです。
一般的にアルコールは炭化水素の炭素の数が少ないと液体になりやすく、多いと固体になりやすいのですが、炭素数が2個のエタノールが常温でさらさらとした液体なのに対して、化粧品に使用される高級アルコールは炭素数が16個前後のものが知られており、オイリーなロウ状の物質です。
高級アルコールはそのオイリーな見た目から想像される通り、ロウやヤシ油、パーム油等の天然に存在する脂肪酸を還元することによって、或いは石油由来のパラフィンやオレフィンを酸化して脂肪酸に変化させ、それを還元することによって得られます。高級アルコールには複数の種類が存在しますが、炭素原子が直線状に長く連なる構造を取っています。炭化水素の部分は水に溶けにくく、油に溶けやすい性質を持っているため、油性のクリームや肌表面の皮脂との馴染みが良い一方、エタノールのように水に溶かすことは困難です。
高級アルコールにはどんな作用があるの?どう利用されるの?
高級アルコールにはどのような作用があるのでしょうか。その代表的な成分として分子量が小さい順にラウリルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール等が挙げられますが、いずれも熱や酸化、水分等に対して安定な長い炭化水素の構造を持ち、反応性の高い部分が僅かなため、酸化防止や温感といった化学反応を利用した効果は期待できません。化粧品には反応性ではなく、安定性を活かす形で利用されます。
代表的な利用方法には油に馴染みやすく、かつ若干の水に馴染みやすい部分を持っていることを活かした乳化剤としての用途です。化粧水やローション、リキッドファンデーション等、水分の多い化粧品では水と油を効率よく混ぜ合わせる為の仲介役が必要となります。エタノールや1,3-ブチレングリコールは水に溶け、かつ油性成分ともよく馴染みますが、皮膚に塗った後の効果や成分との相性、それ自体が持つ刺激性等により、常に最適な選択とは限りません。
高級アルコールは製品の中で乳化剤として機能します。特性として油性成分と馴染みやすいため、製品中で他の油性成分を包み込みます。通常、油性成分は水性の製品内では分離してしまいますが、若干の親水性を持った乳化剤によって包み込むことにより、水の中でも安定して存在させることが可能です。また、高級アルコール自体が安定であることを活かし、クリーム系の製品等では製品の粘り気等、使用感を調整する目的でも使用されることがあります。
高級アルコールからはどんな成分が作られるの?
高級アルコールはそのまま成分として用いられるだけではなく、より強い作用を持った成分の原料としても利用されます。高級アルコールを利用して合成される代表的な成分として、界面活性剤の一種であるラウリル硫酸塩やラウレス硫酸塩等が挙げられます。これらの成分は高級アルコールを硫酸と反応させてエステル化(水と馴染みやすい部分を構造に追加)することによって得られますが、高級アルコール由来であるため皮脂とよく馴染み、取り除く力が強いため、シャンプーの主成分として利用されてきました。「石油系シャンプー」といった呼び名が一般的ですが、別名で「高級アルコール系シャンプー」と呼ばれることもあります。
近年ではその洗浄力の強さがやや敬遠される傾向にありますが、他の成分と比較すると洗い上がりの良さに優れているため、洗髪の頻度や体質によって選ぶと良いでしょう。男性向けの製品では洗髪の頻度を市場調査した上で「あえて」使用している場合もあるようです。コスト面でも優れているため手軽に利用することができ、また、ホテル等のアメニティにも好んで取り入れられています。
高級アルコール、使い続けても大丈夫?
このように、やや地味な存在でありながらも様々な製品に使用されている高級アルコールですが、使い続けても大丈夫なのでしょうか。高級アルコールはそれを原料として製造された界面活性剤の洗浄力が強すぎる、といった機能面での問題はあるものの、基本的に人体にとってはエタノール等と比較して毒性がはるかに低く、また、意図的に高濃度で利用される成分ではないため、特に心配する必要はありません(比較的炭素数の少ないオクタノールやデカノールには毒性、刺激性がありますが、基本的に化粧品には用いられません)
しかし、近年着目されている環境負荷の観点からはセチルアルコール等、化粧品に用いられている中で炭素の数の少ないものについて、海洋生物への毒性が懸念されています。また、高級アルコール系の界面活性剤は安定であり、かつ環境中で分解されにくいため、こちらも河川や海洋に流出した際の毒性が懸念されています。人にとっては洗い流して使うだけの安全な成分であっても、環境中に流出すると思わぬ悪い影響が出ることがあります。
高級アルコールは環境面での課題を抱えており、いつかは他のより環境負荷の低い成分に置き換わる日が来るかもしれません。しかし、現状では利便性と安全性に優れた成分としての地位を築いており、当面は置き換えることのできない成分として利用され続けるでしょう。エタノールとは異なったもう1つのアルコールとして、高級アルコールの存在を覚えておくと良いでしょう。
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