化粧品の不思議な成分「酵素」
貴方はシャンプーや洗顔料にどんなものを求めますか。同じような製品であっても、プチプラで毎日気軽に使えるもの、髪や肌に良い成分が多く含まれているもの、洗い上がりを重視したものなどその性格は様々で、好みに合ったものを選ぶことができるでしょう。しかし、「選べる」ことは同時に「決め手に欠ける」ことも意味しています。特に「肌への優しさ」と「洗浄力の強さ」は相反する要素で、肌に優しいシャンプーや石鹸は汚れを落としにくく、汚れを落としやすいものは必要以上に皮脂を落としたり、無差別にタンパク質や脂肪を分解してしまうことにより、肌に過剰な刺激を与えてしまったりします。
そのような中で注目を浴びている成分が「酵素」です。酵素は洗顔料や入浴剤を中心に「しっかり汚れを落とし」「天然由来で肌にも優しい」成分として、徐々に見かける機会が増えてきました。「パイナップル酵素」「パパイン」あたりは多くの方が一度は見かけたことがあるでしょう。しかし、酵素自体がどんなもので、どのような作用を及ぼしているかについては意外に取り上げられることが少なく、やや不思議な存在でもあります。一体、酵素はどんな成分なのでしょうか。
酵素=タンパク質でできた鍵穴
酵素はしばしば「タンパク質でできた鍵穴」と表現されます。通常、肌に馴染み深い成分であるタンパク質や脂肪酸エステルが他の成分と反応する場合、複数の反応が同時に進行します。一例を挙げると強アルカリ性の成分である水酸化ナトリウムは反応性が高く、皮脂に含まれている脂肪酸エステルを加水分解しますが、同時に皮膚のタンパク質と反応して変性を引き起こし、化学熱傷の原因となってしまいます。
しかし、酵素はタンパク質の特定の結合部分(鍵)との反応を大幅に促進する一方、その他の反応についてはあまり関与しません。この性質は酵素の「基質特異性」と呼ばれており、タンパク質の立体的な組み合わせがあたかも鍵穴のように作用することに起因します。化粧品に含まれている酵素は主に皮脂や古い角質に含まれているタンパク質や脂肪を分解する役割を担っていますが、水酸化ナトリウムとは異なり不要なものだけを選択的に分解し、取り除くことが可能なため、肌へのダメージを抑えることが可能です。
化粧品の酵素の役割①タンパク質の分解
化粧品に含まれている酵素の代表的なものとしては「パパイン」や「ブロメライン」が挙げられます。パパインは未熟なパパイヤの果実、ブロメラインはパイナップルの果実に含まれている成分(別名でパイナップル酵素とも呼ばれます)で、抽出されたものが洗顔料などを中心に利用されています。これらの酵素は総称してシステインプロテアーゼと呼ばれており、構造中のシステイン残基と呼ばれる部分がタンパク質のペプチド結合に作用し、加水分解反応を引き起こします。加水分解されたタンパク質は分解前のものと比較して水や石鹸で洗い流しやすくなるため、古くなった角質による汚れや毛穴の詰まりをより効率的に取り除くことができるようになります。
また、これらの酵素をより高濃度で利用することにより、肌のピーリングを行うことができます。一般的なピーリング成分としては医療目的でも利用されるサリチル酸やグリコール酸が知られていますが、いずれも比較的肌への刺激が強く、使用に注意が必要な成分です。一方、パパインやブロメラインについては肌表面の古い角質に含まれているタンパク質を分解し、肌をなめらかにしたり、ターンオーバーを促進したりする効果をある程度期待できる一方、比較的刺激性が少ないためより安心して利用することができます。
化粧品の酵素の役割②脂肪酸トリグリセリドの分解
化粧品に利用される酵素の中には肌表面の皮脂を分解する作用があるものもあります。先に紹介したパパインについては、研究で脂肪や糖を分解する作用があることも明らかになっており、その目的でも利用されていますが、より脂肪の分解に特化した成分としてリパーゼが存在します。リパーゼは動物や微生物の体内に広く存在する消化酵素として知られており、構造中のアミノ酸残基と呼ばれる部分が皮脂の主成分である脂肪酸トリグリセリドのエステル結合に作用し、加水分解反応を引き起こします。分解によって生成した脂肪酸やグリセリンは水や石鹸ととても馴染みやすいため、皮脂を強い界面活性剤を使わずとも、効率的に取り除くことができます。
リパーゼは脂肪酸トリグリセリドをよく分解し、肌のテカリやベタつきの解消にとても役立ちます。また、リパーゼを配合することで洗浄力の強い成分による刺激を抑えることができます。しかし、パパインやブロメラインとは異なり、タンパク質を分解する作用は持ち合わせていません。そのため、毛穴詰まりや黒ずみの解消には力不足ですが、その分、酵素成分の課題として取り上げられる肌への刺激はやや控えめです。
「可能性」を秘めた成分として
このように酵素は化粧品において皮脂や角質をよく分解し、かつ肌への刺激を抑えた洗浄成分として化粧品に取り入れられています。入浴剤などで「酵素」の文字を前面に押し出したパッケージが目立った影響で、どこか垢抜けないイメージもありますが、肌のお悩みによっては酵素が解決のための大きな力となってくれることでしょう。また、パパインやブロメラインには抗炎症作用や抗菌作用なども確認されており、今後、より幅広いジャンルの製品への利用が期待されています。
しかし、酵素には化粧品に取り入れる上での課題も多く存在します。酵素は他の成分と比較して温度やpHなどの環境の影響を受けやすく、簡単に効果を失ってしまうため、使用する上で細心の注意が必要です。また、「汚れを落とす」効果は近年の皮脂を「落としすぎない」トレンドにそぐわない部分もあり、その効果が故に、使い方を間違えると肌荒れの原因となってしまうこともあります。
酵素の「落としたいものだけを落とす」効果には多くの可能性が秘められています。今ではやや扱いが難しい成分ですが、他の成分との組み合わせなどの工夫でより使いやすくなれば、洗顔料やシャンプー、ピーリング剤などを中心に、肌に優しい洗浄成分の定番として使われるようになるでしょう。今後の酵素化粧品の動向からは目が離せません。
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