使ってないのに中身が減っている?どうして?
貴方は化粧水や香水が「いつの間にか減っていた」という経験をしたことがありますか。季節に合わなくなった、あるいは使うのが勿体ない、といった理由で放置しておいたものを久し振りに使おうとすると、中身が減っていたり、匂いが薄くなっていたりすることがあります。また、夏はいわゆる涼感コスメを使う方も多いと思いますが、昨夏の残りを使おうとすると、ほぼ確実にあまり涼しさを感じず、「こんなものだっけ?」と思ってしまいます。
この化粧品の中身や使用感の変化は成分の一部が「蒸発」することによって引き起こされます。蒸発とは水やエタノールなどに代表される液体がその表面で気化(気体になる)する現象で、成分によって異なりますが多かれ少なかれ、温度に関わらず発生します。そして、液体を加熱してある一定以上の温度になるとその内部でも気化が始まるようになり、その現象を「沸騰」と呼んでいます。沸騰と聞くと水の100℃を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、沸騰が始まる温度は成分によってまちまちで、室温よりもずっと低いものもあれば、直火で加熱しても中々沸騰しないものまで様々です。また、ごく稀に固体からそのまま気体になる成分もあり、その現象を「昇華」と呼んでいます。(今回は蒸発について取り上げ、昇華については説明を割愛します)
蒸発しやすさの指標「揮発性」と使い分け
液体が蒸発して気体になりやすいかどうかの指標は一般的に「揮発性」と呼ばれています。化学的な視点で液体とは「分子同士がお互いの引力の範囲内で動いている」状態、気体とは「各々の分子が自由に動き回る」状態のことを指し、液体が蒸発するためには分子間に働く引力(表面張力)を振り切る必要があります。そのため、この表面張力が高い物質は蒸発しにくい、すなわち揮発性が低く、逆に低い物質は蒸発しやすい、すなわち揮発性が高くなります。
揮発性の高い代表的な化粧品成分としてはエタノールなどの有機溶媒、あるいはリモネンなどいわゆる「トップノート」に分類される香り成分などが挙げられます。これらは高濃度では比較的早く蒸発し、必要な成分だけを肌に届けたり、つけた瞬間に心地よい香りをもたらしたりします。また、時間経過と共に蒸発するため「いつの間にか減っていた」原因ともなります。
一方、水や植物油、バニリンなどのいわゆる「ラストノート」に分類される成分は揮発性が相対的に「低い」とされます。これらの成分は他の物質と比較して蒸発が遅いため、しばらく置いておいてもほとんど減らなかったり、優しい香りが長く持続したりします。
一般的に化粧品成分としては、香料を除いて比較的肌に残りやすい成分が多く利用されますが、あえて「肌に残さない」性質によって好んで用いられる成分として、シクロペンタシロキサンとアセトンが挙げられます。シクロペンタシロキサンはシャンプーや日焼け止めの成分としてお馴染みの、ジメチコンやメチコンなどのシリコーンオイルの溶媒として用いられ、自らは直ぐに揮発することで髪や肌にシリコーンの薄い皮膜を定着させます。また、アセトンは樹脂をよく溶かす性質からマニキュアの除光液などに利用されており、肌につけると皮脂を奪ってしまいますが、速やかに蒸発するためその影響は限定的で、落ちてしまった皮脂をハンドクリームなどで補えば肌荒れ等のリスクも抑えることができます。
「本当のひんやり感」を生み出す
このように、揮発性は化粧品成分の「残りやすさ」に影響を及ぼす重要な要素ですが、揮発性の高い一部の物質は化粧品の使用感にも大きな影響を及ぼします。先程、液体が蒸発して気体になる際に「表面張力を振り切る」必要がある旨を説明しましたが、その際、ほぼ全ての物質で熱エネルギーの一部が運動エネルギーに変換されます。この時に必要な熱エネルギーのことを「気化熱」と呼び、この値が大きい程蒸発した際に多くの熱を肌から奪うため、ひんやりとしたつけ心地になります。
いわゆる「ひんやりコスメ」にはこの「気化熱」による冷却効果を期待して、エタノールが利用されているものがあります。ひんやりコスメの成分としては肌のセンサーを刺激することでひんやり感を錯覚させるメントールが知られていますが、エタノールは蒸発することで、実際に肌の表面温度を冷やします。気化熱のより大きな成分としては水が知られていますが、揮発性が比較的低く蒸発しにくいこと、また、大量に使用した場合に「冷やし過ぎてしまう」リスクがあることから、エタノールが好んで用いられます。
利用されている「蒸発」
このように、一見、香水や化粧水など一部のアイテムで起こる「好ましくない」現象にとしてとらえられがちな「蒸発」ですが、実は多かれ少なかれ全ての成分にみられるもので、その「個性」に応じて化粧品では使い分けがされています。特に夏の暑い時期、蒸発は「ひんやり感」だけではなく、一時的にせよ火照りがちな身体を「本当に冷やす」作用として重宝されています。また、香水は成分ごとの蒸発しやすさの違いがその複雑で素敵な匂いを産み出しています。肌に残ったり、浸透したりする成分ばかりが注目されがちですが、時には「残らない」ことについても気に留めてみてはいかがでしょうか。きっと、化粧品に対する捉え方が変わり、貴方の世界がもう少しだけ拡がることでしょう。