鏡の国のアミノ酸、d-アミノ酸とはどんな成分なの?

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 化粧品とアミノ酸、そしてd-アミノ酸

 選びきれない程の数があるシャンプーの中で、少しでも髪に優しいものを選びたい、毎日のスキンケアには肌の成分に少しでも近い化粧品を選びたい、そのような中でのキーワードの1つが、「アミノ酸」です。アミノ酸は身体のあらゆる部分を構成するタンパク質の材料の1つで、化粧品として使った場合、石油化学系の成分と比較して肌に対してマイルドな作用を示します。また、アミノ酸は化粧品だけではなく、食品やサプリメントなど私達の健康や生活に関わるあらゆる分野に取り入れられており、代表的な成分であるアラニンやグルタミン酸の名前を聞いたことがある方も多いことでしょう。

 古くから広く利用され続け、目新しさにはやや欠ける存在だったアミノ酸ですが、最近、今まで注目されていなかった分野の研究が進み、再び話題となっています。実は私達が一般に利用しているアミノ酸は「l-アミノ酸」と呼ばれるものですが、それとは「同じであり」「異なった存在」である「d-アミノ酸」が存在します。化学的には「光学異性体」と呼ばれ、立体として左右が反転した構造を持っており、これまでは「体内にあまり存在しない」「利用方法が分からない」といった理由で利用が進みませんでした。しかし、最近になってこのd-アミノ酸が肌の中で重要な役割を担っていることが明らかになったのです。

 l-アミノ酸とd-アミノ酸、どこが違うの?

 互いに鏡写しの関係にあるl-アミノ酸とd-アミノ酸はどのような違いがあるのでしょうか。食品の旨み成分としても有名なグルタミン酸を例に挙げると、l-グルタミン酸とd-グルタミン酸の間では分子の大きさや沸点、反応性、あるいは成分自体の保湿作用、といった基本的な部分に違いはありません。しかし、「鏡写し」の関係であることは身体のセンサーにとっては大きな意味を持ちます。例えば、l-グルタミン酸(旨み調味料の成分です)が含まれたものを食べると「旨味」として感じられるのに対し、d-グルタミン酸が含まれたもの(チーズが代表例です)を食べると全く異なった、「甘味」として感じられます。

 実験室で化学的にアミノ酸を合成するとl-アミノ酸とd-アミノ酸はほぼ同じ量が得られます。一方、生物の体内で合成されるアミノ酸は反応の仲介役である酵素の働きにより、l-アミノ酸が主に得られます。このことから、l-アミノ酸が「身体がわざわざそちらばかり作るため」「身体に必要不可欠な成分」として化学の教科書にも取り上げられてきた一方、d-アミノ酸は反応の副産物として、あまり重視されない存在でした。(l-アミノ酸が選択的に作られるようになった原因は諸説ありますが、ある種の放射線の影響が有力です)

 d-アミノ酸の驚くべき効果

 しかし、近年になって分析手法が進歩し、l-アミノ酸とd-アミノ酸をより高い精度で分けることが可能になった為、相次いでd-アミノ酸に対する新たな知見が得られています。それまで体内のごく一部にしか存在していないと思われていたd-アミノ酸が、肌の角質層に存在しており、肌のバリア機能を担っていること、また、それが赤ちゃんの肌に豊富に存在し、加齢と共に減少していることが明らかになったのです。

角質層にはd-アスパラギン酸、d-アラニン、d-セリン及びd-グルタミン酸の4種類のアミノ酸が含まれており、中でもd-グルタミン酸に関しては人工的に肌荒れを起こした状態の肌に塗って補うことにより、バリア機能を有意に改善するとの研究結果が発表されています。また、d-アラニンに関しては表皮と真皮の間にある基底膜を構成する成分であるラミニン5と呼ばれる物質の合成を促進する働きがあることが明らかになっています。

そしてひときわユニークな効果を示すのはd-アスパラギン酸です。l-アスパラギン酸が栄養ドリンクや化粧品の一般的な保湿成分として使われるのに対して、d-アスパラギン酸は肌のコラーゲン繊維を束ねてハリや弾力を強くする働きがあるだけではなく、サプリメントとして摂取すると男性ホルモンの一種であるテストステロンの合成を助け、筋肉量の増加や日々の行動を活発化する働きがあります(女性であっても男性ホルモンは重要な役割を果たします)

これらの研究に関してはまだ不確実な部分があり、肌のd-アミノ酸の量に関しては「加齢と共に増加する」といった逆の研究結果もあるため、もう5年、10年後にはまた違った結果が発表される可能性もあります。しかし、これまで不要な存在とされてきたd-アミノ酸の役割が少しずつ解明され、何らかの役割を担っていることが明らかになりつつあります。

 d-アミノ酸、どんな製品に取り入れられているの?

 引き続き作用については研究の余地が多いd-アミノ酸ですが、最先端の研究の成果を活かすため、一部のスキンケア化粧品、健康食品に取り入れられ始めています。スキンケア化粧品に関してはd-アミノ酸特有の効果に加えて元々のアミノ酸に備わっている保湿作用を期待する形で、また、健康食品に関してはd-アミノ酸がコラーゲンの合成効率に優れているといった研究結果があることから、効果を期待して取り入れられています。

 法律等の問題で十分に効果を宣伝できない、そもそも成分として想定されていない、といった部分で普及のためのハードルは決して低いものではありません。しかし、幸いにも鏡写しの存在であるl-アミノ酸が化粧品ではお馴染みの成分であるため、安心、安全な化粧品を作る上で、どう配合したら良いかについて、d-アミノ酸はある程度目途が立てやすい成分です。また、小さな分子であるため肌に浸透しやすく、アミノ酸本来の性質である保湿効果も期待することができます。

 d-アミノ酸に関しては化粧品関連だけではなく、化学、生物分野の多くの研究者にとって長年の間、重要なテーマであり続けています。どうして片方だけが豊富に存在するのか、向きが違うとどう効果が違うのか、どうやったら片方だけを取り出せるのか、まだまだ分からないことが沢山あります。今後、研究が進んで行く中で、思いもしなかったような成分が発見され、スキンケアの新しい常識が生まれるかもしれません。

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